皇学館大学にて



11月24日(火)の宗教学概論bにてお話させていただきました。 多くのご意見・ご質問等ありがとうございました。
この中から幾つかお答えしたいと思います。

Q、輪廻転生という言葉を最近よく聞くのですが、どの仏教にも共通する考えなのですか?
A、基本、仏教は輪廻すると思いますが、最近あるお寺の住職さんが(浄土宗)、「お念仏を唱えれば全員お浄土に行けるのだから、今生のあと生まれかわることはない」とおっしゃっていて驚きました。 様々な考えがあるのですね。
仏教以外でもバラモン教、ヒンドゥー教も輪廻転生しますね。

Q、世界一幸せな国ブータンと言われていますが、これもチベット仏教の影響があると思いますか?
A、私が訪れたのは1999年のことですが、人々の生活の中に信仰が根付いている姿をブータンで初めて見た気がして、強く印象に残ったことを覚えています。
2008年にデモクラシーが起こって以降ブータンもずいぶん様変わりした部分もあると聞きますが、人々の幸せを信仰が下支えているブータンのよさが今後も残っていくといいですね。

Q、以前に、イスラム教についての講話でも思ったのだが、日本人は宗教に関心がなさすぎるのかもしれないと思った。また、日本人は宗教について知らないがゆえに、宗教について偏見を持ちやすいのだと思う。
A、日本は生活の中に宗教由来の習慣を多く取り入れていますが、1つの宗教に限定していないので特殊に見えるかもしれません。しかし、これだけ世界中で宗教がらみの争いが頻発している中で、日本の宗教の在り方は貴重かもしれませんね。

Q、自身の描いた絵についてどう思っていますか?
A、写仏を基本としていますし、チベット仏画は本質的に匿名ですので自分の絵に対して執着が湧きにくいこともあるかもしれませんが、私は自分の描いた全ての絵に対して深い愛情を持っています。

Q、タルチョの5色、青/白/赤/緑/黄色の何色が、天/風/火/水/地に当たるのですか?
A、この順番で合っていると思います。

Q、天界に生まれても悟りを得ることができないとは初めて知りました。天界から生まれかわることはないと思っていました。
A、仏教でいう天界は六道輪廻の中に含まれていますので、輪廻します。キリスト教の天国や神道の黄泉の国に対応するのは浄土でしょうか。日本では西方極楽浄土が圧倒的に有名ですが、チベット仏教の浄土は東西南北方々にあり、守り主も阿弥陀仏だけでなくバラエティーに富んでいます。

Q、ブータンの一日250ドルは、日本円でいくらなのでしょう?
A、この250ドルはアメリカドルですので、今ならだいたい3万円ちょっとでしょうか。

Q、中村さんが頭を丸めた時に、ネパールで女の人も坊主にしている人が多いと聞いて、日本と違うことに驚きがあった。一日の生活の中でお経は1日3回に分けて読むということですか?
A、俗人のネパール人やチベット人女性は長くのばして一本で括っている髪型が多かったと思いますが、チベット仏教は、基本的に(例外もありますが)出家(家族を持たず)制度をとっていますので、尼僧は髪を全て剃髪します。幼いころに出家することが多いので、坊主にしている女性は確かに日本と比べると多いかもしれません。ちなみに結婚適齢期になると還俗して家庭を持つ尼僧も多くいます。 仏画の学校ではお経は朝と夕方の2回読んでいました。本堂では出家僧が1日に何度か集まって読経を唱えていたと思いますが、2回よりは多かったと思います。

Q、チベット仏教の世界観(六道輪廻図)は、日本の寺などに飾ってあるものと少し絵が違うように思えるが、内容的に見ると同じということですか?
A、日本の仏画とチベットの仏画は、その色合いがぱっと見ではっきり分かるほど違うのが特徴的だと思いますが、内容にも少しずつ違いがあるようです。チベットの場合、ほぼインドの経典を基にしていますが、日本の場合は、インド、中国の経典を基にしているため、違いが出てきているのかもしれません。

Q、すごくどうでもいいことだとは思いますが、質の悪いバターというものが存在することを初めて知りました。
A、日本でも様々なブランドによってバターの質が少しずつ違うと思いますが、私たちが絵の練習用に使用していたバターは、人が食べられないレベルのものでした。食べられるバターを使うのはもったいない気がしますからね。

Q、配布されたプリントについて、人間界の位置や須弥山というものが描かれているのを見る限り、思想の図形化の1つなのでしょうか?
A、地球が丸いとか、宇宙の中で浮いているように存在しているとか、または地球以外にも多くの星があるなどということが分かる前に、この世の中の成り立ちを、チベット人なりにまとめ上げ、説明しようとした結果生まれたものではないかと思います。

Q、タイやミャンマーに伝わっている上座部仏教とは違うところ、似ているところありますか?
A、インドで生まれた仏教を土台にして派生しましたので似ているところは多くあると思いますが、明確な相違点を1つあげるとしたら、菩薩の存在の有無でしょうか。主に南方を経由して広がった上座部仏教に菩薩は登場しませんが、チベット以東に伝わった大乗仏教の中では菩薩は重要な意味を持っています。

Q、私は中、高とキリスト教系の学校に通っており、その中でキリスト美術について知る機会がありました。そういったものとの違いはもちろん、経典の再現であるといった点などの宗教画の意味合いの共通項もあったのではないかと思いましたがいかがでしょう?
A、ご指摘ありがとうございます。レオナルド・ダ・ヴィンチの最後の晩餐はじめ、キリスト教美術には聖書の物語が込められている点で、仏画との共通点があると思います。歴代の模写をする人たちが、物語に沿うていればデザインなど新しいものを取り入れ描いていく点も似ていますね。相違点は、例えば他の誰かが最後の晩餐の絵を模写したとしても、レオナルド・ダ・ヴィンチと模写をした人との間には圧倒的な価値の「差」がありますが、仏画の模写(写仏)においてはあまりこの点は重要視されない傾向にあると思います。それはもともと仏画が僧侶だけが修行、法要のために描くものであったことのなごりかもしれません。今後、新しい文化と融合しながら、チベット仏画絵師の概念が変わる可能性はあるかもしれませんね。

Q、坊主にするときはどういった気持でしたか?女性で髪の毛を切られるのはとても勇気が必要だと思うのでとても気になりました。 また、仏画はお経をイメージして書くと言われましたが、なぜイメージしながらお経を唱えないといけないのですか?
A、当時に比べて、ハリ、コシ、艶、毛量が減り、髪に対する執着もなくなってきましたので、今坊主頭にしてもサッパリ感はかなり少ないかもしれません。ただ当時は、若い女性の出家が当たり前という文化の中にいましたので、例えば皇學館大學の女子生徒さんが今日本国内で剃髪するよりはそれほど勇気は要らなかったかもしれませんが。もしもチャレンジされたときはお知らせくださいね。感想を聞いてみたいです。 イメージしながらお経を唱える、つまり観想修行はインドからチベットに伝わった修行方法の1つで、現在、日本では密教系の宗派の中で、阿字観瞑想などの中で少し受け継がれている程度にすぎません。チベットでもイメージなしで読経することもたくさんありますが、経典に描かれていることを頭の中でイメージする修行をするときもあります。

Q大学生の時間があるうちに、是非ネパールやブータンを訪れてみたいです。
A、大学生の夏休みと春休みは長いですので、是非有効に活用し、普段出来ない経験をどんどん積んでいってください。

Q、天国は雲の上、地獄は地底にあるというイメージも仏教の影響なのでしょうか?
A、考えてみればそうですね。どうして人は、天国は高いところに、地獄は低いところにあると思っているんでしょうか。地獄という発想はキリスト教にもありますが、仏教が生まれる以前のインドの宗教の中にすでにあったようです。それが地底にあると考えられていたかどうかはわかりませんが。 おもしろい質問ですのでこれから調べてみたいと思います。

Q、一枚の六道輪廻図を完成させるのに、どのくらいの期間がかかるのか教えてください。
A、チベット仏教の六道輪廻図の外枠は、だいたいパワーポイントで見ていただいた感じ(地獄の大魔王が円輪を掴んでいるデザイン)ですが、中の詳細はバラエティーに富んでいます。私はこれまでに1枚しか描いたことがありませんが、その時のは壁画であったものを、内容を省略することなく縮小して描きましたのでかなり細密になったと思います。今から8年ぐらい前だったと思いますが、確か4,5ヶ月で描いたんじゃなかったかなと思います。

Q、ネパールの田舎での生活において、額にペイントをされておりましたが、あれは何かの儀式ですか?また、ダルバートって何ですか?
A、田舎で生活していた時、ネパールのお正月に参加する機会がありました。そのとき、赤い粘土のようなものを額にくっつけられました。ティカといって祝福を意味するそうです。 ダルバートはネパールの伝統食で、日本人のおみそ汁とご飯みたいなものです。ダルが豆でバートがご飯を意味するそうです。ネパール料理店に行かれることがありましたら注文してみてくださいね。

Q、チベット仏教は中国とトラブルがよくありますが、ネパールで生活している時に、中国とのトラブルには巻き込まれませんでしたか?
A、中国からの亡命チベット人は、亡命するとまず、チベットの亡命政府があるインドのダラムサラという地を目指します。ネパールは中国とインドの間にありますので通り道として難民が入ってくることもあるようです。滞在中、私が大きなトラブルに巻き込まれたことはなかったと思いますが、政治的には中国、インド、ネパール、そしてチベット間の複雑な力関係の中で難民はなんとか生き延びているんだなと感じました。